長宗我部元親 初陣之像

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 高知に所用があり若宮八幡宮に立ち寄りました。長宗我部は毛利や伊達と同じく小領主の出自ながら、一時は四国を統一した戦国大名です。一領具足という屯田兵制で快進撃を遂げましたが、豊臣・徳川の時代の波にもまれ、息子の盛親は関ケ原合戦後に改易、大坂夏の陣の敗北で斬首され、長宗我部氏は歴史から姿を消しました。

 なお、宗我部は蘇我部曲(かきべ)で古代蘇我氏の私民。大宝律令(701)で国郡里制となり長岡郡と香美郡に分割、後に長岡の蘇我部の支配者が長宗我部となりました。

蒜山SAから大山(だいせん)と鳥ヶ山(からすがせん)

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 大山の展望台として有名な鳥ヶ山に登ろうと土曜診療後に皆生温泉に向いました。中国道から米子道へ、蒜山SAから、登り線の建物の向こうの左側が大山南壁で右側の三角形が鳥ヶ山です。鳥ヶ山には「山陰のマッターホルン」の愛称があります。

鐘掛峠から大山

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 日曜日、皆生温泉から鏡ヶ成スキー場のある休暇村奥大山へ向かいます。鏡ヶ成が鳥ヶ山登山の起点なのです。大山南斜面を周回する大山環状道路の桝水高原から鏡ヶ成までのルートのハイライトが鐘掛峠展望台(910m)で、大山南壁とブナ林の紅葉を眺めました。

ヒカル岩から蒜山(ひるぜん)

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 標高920mの休暇村奥大山から最初はブナ林の緩やかな傾斜の登山道ですが、山頂に近づくにつれ急斜面となりました。他の登山者が「宇多田ヒカルが座ったヒカル岩はこれだ」などと話しています。「ヒカル岩」から振り返ると、スギ植林の向こうに奥大山休暇村と鏡ヶ成スキー場、さらにその先には蒜山と蒜山高原が見えました。

鳥ヶ山と大山

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 山頂手前の峰から鳥ヶ山の山頂部と大山の南壁と東壁です。大山の左端が弥山(1709m)、右端が最高峰の剣ヶ峰(1729m)です。剣が峰周辺は崩壊のため登山禁止となっています。

大山の南東斜面や鳥ヶ山周辺の、このブナの森の地中は奥大山の天然水を湛えています。

鳥ヶ山山頂

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 休暇村奥大山から標高差540mを1時間40分で鳥ヶ山(1448m)に着きました。山頂手前の岩場はかなりの高度感で、引き返す登山者もいましたが、垂直ではなくホールドも豊富でした。宇多田ヒカルは2017年にサントリー天然水のCM撮影で、さきほどの「ヒカル岩」に腰かけて天然水ペットボトルを飲み、この山頂でランチを食べて帰ったそうです。

鳥ヶ山から大山

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 紅葉のピークには少し早かったようですが、見たかった景色に満足です。正面にはうっすらと米子市街や中海が見えます。宇多田ヒカルのCMで話題になったそうですが私は登るまで知りませんでしたし、大山の陰に隠れて名前もあまり知られていませんが、名山です。

 なお、山の名前はカラスが飛び立つときの姿とか、残雪期の東面の鳥形が由来など諸説あるようです。また大山の外輪山ではなく、北面に爆裂口のある独立火山のようです。

矢筈ヶ山と甲ヶ岳

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 下山には新小屋峠へのコースを歩きました。北面の爆裂火口の先に大山から北東に延びる稜線が見えます。正面が矢筈ヶ山(1358m)、少し右に甲ヶ山(1335m)、大きく右に勝田ヶ山(1149m)で、その先は後醍醐天皇ゆかりの船上山です。この稜線には、大山の溶岩流が形成したという説とカルデラの外輪山という説があるようです。琴浦の町の向こうには日本海が拡がります。

大阪歴史博物館 川瀬巴水展

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 川瀬巴水の『芝増上寺』「1925(大正14)」をテレビで見て感銘を受けました。新しい時代の版画芸術「新板画」の代表的作家で、スティーブジョブズは巴水作品の蒐集家でした。「西伊豆気負」『平泉金色堂』など名作を鑑賞しました。歴史博物館の常設展も、再現難波宮からは難波宮跡を眺めながることができ、浪華八百八橋や住友銅吹所など、古代から昭和まで大阪の歴史を体験できます。

毛無山(日本二百名山)から富士山

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 道の駅 朝霧高原からふもっとっぱらキャンプ場を経由して、毛無山(1964m)に登りました。登山口からの標高差は約1100m、富士山の西側に南北に連なる天子山地の最高峰で日本二百名山です。山頂からは朝霧高原の牧草地が良く見えます。

雨ヶ岳山頂

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 トレランのレジェンド鏑木毅さんが大会会長を務めるMt.FUJI100レースをテレビで見て、ここがコースだろうと毛無山から雨ヶ岳(1771m)へ縦走しました。結構アップダウンがあり、登山道も細く大変でした。下山後に調べるとこの部分はふもとがコースでした・・・・。

雨ヶ岳付近から富士山

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 山頂から少し北に進むと展望の開けた場所がありました。富士山手前に朝霧高原全体が拡がり、右側の裾野の先には駿河湾が見えます。雨ヶ岳から竜ヶ岳との鞍部の端足峠(はしたとうげ1278m)まで500mを降り、峠からさらに350m降りて麓に帰ってきました。

周回距離16.6km、累積標高差1367m、7時間半のハイキングでした。

根原より富士山

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 現在の朝霧高原は牧草地やゴルフ場等になっていますが、かつては「遠っ原三里(とおっぱらさんり)」と呼ばれ、ススキやヨシの草原が広がっていました。道の駅の西側には原始の姿の茅場が残っており、近隣の「西湖いやしの里根場」の茅葺屋根などに供給されています。富士山が世界文化遺産であり自然遺産ではないことを考えさせられる景観です。

西伊豆の戸田(へだ)

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 達磨山から眺めた港町の戸田(へだ)は港に絶好の地形で温泉も湧出しています。

幕末に日本との条約締結のため下田に来航したロシアのプチャーチンは安政東海地震の津波でディアナ号を損傷し乗組員に死傷者を出しながらも、波にさらわれた数名の日本人を救助します。ディアナ号修理のために下田から戸田に向かう途中に暴風雨でディアナ号は沈没してしまいますが、ここ戸田にて日本の船大工により代船が建造され、感激したプチャーチンは新船を「ヘダ号」と名付け、ペトロパブロフスクに帰ります。以前、下田を訪れた際に戸田(へだ)という港町を知り、今回はタカアシガニを目当てに再訪問したのです。

タカアシガニ

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戸田の名物タカアシガニは9月から5月が漁期です。英名はジャパニーズ・スパイダー・クラブで、世界最大のカニであり、水族館では3mの大物が展示されていたりします。水ガニとも呼ばれ肉は多くはなく茹でると身が融けるので蒸して出されます。蒸すと足の身は簡単に取れて食べやすく、甘みとカニの香りがありジューシーな食感、みそはやや苦く大人の旨味で日本酒がすすみました。漁獲量が減っているようで・・・気になります・・・。

土肥金山(といきんざん) 世界最大の金塊

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 江戸時代から明治にかけて佐渡に次ぐ生産量を誇っていた鉱山でかつての坑道が整備され、資料館では鉱山での採掘から鋳造までの過程が展示され、世界最大の250kgの金塊に触れることができます。砂金採り体験コーナーもにぎわっていました。

西伊豆の達磨山から富士山

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 西伊豆の戸田や土肥の東側に連なる山々の最高峰が達磨山(982m)で駿河湾越しに富士山を眺めることができます。地形図では西側に直径4kmの馬蹄形カルデラがあり、50万年以上前の達磨火山が大きく浸食されて残った峰が達磨山峰です。以前、西伊豆スカイラインと呼ばれていた観光道路が南北に走っており、駐車スペースから15分ほどで山頂です。