朝熊ヶ岳(あさまがたけ 554m)から鳥羽湾

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「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」と伊勢音頭に唄われる朝熊ヶ岳から鳥羽湾を眺めます。三島由紀夫の潮騒の神島の向こうは伊良湖岬で、晴天の日にはそのむこうに富士山を望みます。富士浅間神社の名の通り、富士の別名はアサマで、山名は富士信仰に由来するようです。山頂直下には伊勢神宮の奥の院である金剛證寺が鎮座します。

朝熊山経塚群

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金剛證寺の伽藍から、山頂に向かう途中の峰で、1962年に43基の経塚が発見されました。出土品の「線刻阿弥陀三尊来迎鏡像」等々は国宝に指定されています。埋蔵品には、保元元年(保元の乱)や文治元年(壇ノ浦の翌年)の日付、また、伊勢神宮神官の名前等があり、平安末期に伊勢神宮が中心となって経塚の造営をしたと考えられています。

鳥羽市立海の博物館

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 国の重要無形民俗文化財に指定された海女(あま)をはじめ、様々な漁、海の祭り、など鳥羽志摩地域の海の文化だけでなく、全国から蒐集した木造船の展示など、見ごたえがあります。九鬼嘉隆や彼が率いた九鬼水軍、彼が築城した鳥羽城の展示もありました。

鳥羽城跡

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 鳥羽水族館の東隣が鳥羽城址です。尾鷲の九鬼が出自と考えられる九鬼氏ですが、文献上では志摩の波切付近の島衆として登場し、織田信長に仕えて北畠攻めや長島一向一揆で水軍として活躍し、志摩を統一。秀吉時代には鳥羽城を築きます。後に、九鬼氏は国替えとなりますが、江戸時代を通して鳥羽城には、鳥羽藩の藩庁が置かれていました。

鳥羽湾夕景

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 鳥羽湾の三ツ島です。左奥には神島が見えます

三重県立熊野古道センター

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 三重県立熊野古道センターは、熊野古道「伊勢路」(紀伊山地の霊場と参詣道)の世界遺産登録を記念し、2007年に尾鷲市に開館しました。尾鷲ヒノキ約6,500本を使った巨大な木造建築で壮観です。熊野古道だけではなく、熊野の自然、産業、祭り、民話などを紹介しています。那智参詣曼荼羅や熊野観心十界図の絵の解説が興味深く、熊野比丘尼(くまのびくに)による絵解き、すなわち熊野詣の勧誘に用いられていたことに感心しました。

熊野荒坂津

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 『天皇獨與皇子手硏耳命、帥軍而進、至熊野荒坂津亦名丹敷浦(天皇はひとり、皇子である手研耳命(タギシミミノミコト)と、軍を率いて進み、熊野の荒坂の津、またの名を丹敷浦に着かれた。』(日本書記第三巻神武天皇) 

神武東征の熊野での最終上陸地が荒坂津で、この碑は熊野市甫母町の楯ヶ崎遊歩道の入り口にあります。比定地には諸説があり、正解は舎人親王のみが知るところです。

阿古師神社

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 遊歩道を10分ほどで神社があります。美しい海は二木島湾で丹敷を連想させます。伊勢(英虞)側にこの阿古師(アコシ)神社、対岸の熊野(牟婁)側には室古(ムロコ)神社。日本書記では荒坂津への上陸の前に海が荒れて二人の兄が亡くなる記載があり、御毛沼(みけぬ)命は、この阿古師神社に、稲氷(いなひ)命は対岸の室古神社に祀られています。

楯ヶ崎

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海から聳える巨大な楯のような柱状節理の大岩壁は、高さ約80m、周囲約550mで、三重県の名勝天然記念物に指定されています。遊歩道入口から約2km、45分ほどで「千畳敷」と呼ばれる岩盤の上に出ると、楯ヶ崎が見えます。神話の舞台に相応しい絶景が拡がります。

勝浦の露天風呂

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 南紀で、海が見える露天風呂といえば、白浜の崎の湯、勝浦の忘帰洞、勝浦の紀州潮聞之湯です。

お蛇浦海岸

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南紀熊野ジオパーク「弁天島とお蛇浦」は勝浦漁港の北側にあります。ジオパーク解説版には「熊野層群中に出来た泥ダイアピルが上昇流動したことがよくわかる構造が波食棚上に現れている。」とあります。フィリピンプレートの潜り込みによってできた、傾いた地層が美しい海岸風景をつくっています。

サンマのなれずし 30年物

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 なれずしは魚を塩と飯で漬け込み乳酸発酵させたものです。現在の寿司は江戸時代中期からで、それ以前の「すし」はこのなれずしでした。新宮の東宝茶屋では、30年物のなれずしを頂けます。左は数週間発酵させたサンマのなれずしで、右の七味醤油がかかっているのが30年物です。サンマも米も融けてウオッシュタイプのチーズのような味わいでした。

 これほどの長期熟成は、近江の鮒ずしや越前のへしこでは聞いたことがありません。紀州のなれずしでもここだけでしょうか。今度はお酒のつまみとして食べたいものです。

新宮城跡

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 熊野川河口の南岸の小高い山は新宮城跡です。源為義の娘である丹鶴姫(新宮十郎源行家の姉)が丹鶴山東仙次寺を築いたので「丹鶴城」とも呼ばれています。

1618年、浅野忠吉により築城されますが、翌年に紀州徳川家の付家老である水野氏が城主となり、幕末まで新宮は城下町として栄えました。続日本百名城に指定されています。

国宝飛雲閣

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 「京の冬の旅」非公開文化財特別公開で西本願寺・飛雲閣(国宝)を見学しました。

飛雲閣は、金閣、銀閣とともに京都三名閣のひとつ。豊臣秀吉が秀頼のために造った京都新城の遺構で、後水尾上皇の仙洞御所造営のため、徳川幕府により解体移築されたという説が有力です。一階は舟入の間を「中門」とする書院造り、二階は御殿風で御簾の下に三十六歌仙の像、三階は草庵風。秀吉らしい伝統にとらわれない奇想天外な楼閣と感じました。

焼額スキー場

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 志賀高原の焼額スキー場は、長野オリンピックのスキーSLとスノーボードGSの会場でした。オリンピックコースは急斜面で、私のスキルでは滑れませんが、一般コースは適度な斜度のロングコースで、標高が高いので雪質もよく、楽しく滑ることができました。

北アルプス

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 山頂から東側に延びるパノラマコースからは北アルプスを望むことができます。黒姫山や飯綱山などの向こうには善光寺平の雲海の上に、白馬岳、唐松岳、剣岳、五竜岳などの北アルプスの名峰が並んでいます。

松本民芸館

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 松本民芸館は柳宗悦の民芸運動に共鳴した丸山太郎氏が1962年に創館しました。丸山は、自らが工芸作家であり、また、優れた審美眼で6800点ものコレクションを蒐集しました。1983年にコレクションのすべてと土地建物は松本市に寄贈され、現在に至っています。

(無名の職人たちの手仕事の品々の中の)「美しいものが美しい」(丸山太郎)

神戸海軍操練所跡

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神戸海軍操練所跡が発掘され現地説明会がありました。場所は、神戸市立博物館(改装中)の南側です。道路は、2号線バイパスで、右にホテルオークラ神戸が見えます。

 一部崩れてはいますが、明治中期の防波堤が、元町方向に伸びています。見えているのは港内の石垣です。左側に長方形の鏡が立てられており、海側の最深部の幕末期の石垣を写しています。当時は、ここから左(南)は海でした。

 勝海舟、坂本龍馬、陸奥宗光等が、ここに立っていたのでしょうか。港ができ居留地ができ、神戸の街が始まったのですから、神戸市発祥の地と言えるかもしれませんね。