火打山と新潟焼山

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新潟県糸魚川の放山(1189.5m)の山頂部から、左は火打山、正面は新潟焼山です。

スキー場から放山へ

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春分の日の糸魚川は快晴でした。北陸道の能生インターで降りてシャルマン火打スキー場へ。1回券500円のクワッドリフトに乗り、トップからBC(バックカントリー)コースへ入ります。一旦少し滑り降りてから、シールを貼り林の中をスキーで登っていきます。小1時間で山頂部が見えてきました

放山北斜面

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山頂台地手前のトラバースに冷や汗をかきながら到着すると絶景が拡がりました。斜面を左(北)側に滑り降りる上級者向きのBCルートもあるようです。

初心者向きのBC

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白馬乗鞍以来、1年ぶりの山スキーでしたが、スキー板に貼るすべり止めのシール脱着にも慣れてスムーズにできました。下りは木にぶつからないように来た道を慎重に滑り降ります。最後の登り返しで息が上がりましたが40分ほどでスキー場トップに戻りました。

桶狭間古戦場公園

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織田信長が今川義元を討ち取ったとされる場所です。銅像は、左が織田信長、右が「街道一の弓取り」今川義元です。名古屋市緑区のこの場所から北東へ徒歩20分ほどの豊明市の高徳院が今川本陣という説もあり、その付近も桶狭間古戦場跡に指定されています。

二俣城址

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元は今川氏の属城、桶狭間で義元が敗死すると徳川の支城に。その後、京を目指した武田信玄が三方ヶ原で家康を破る前哨戦で武田が攻略。信玄の死後、長篠合戦で勝頼が敗れると家康が再度攻略。攻防の舞台であり、また家康の長男信康が自刃した悲劇の地でもあります。

天竜浜名湖鉄道転車台

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二俣駅には、国の登録有形文化財に指定された転車台や扇形車庫・運転指令室等の施設があり、見学ツアーに参加しました。戦時下、浜名湖橋梁が不通になった場合の東海道本線のバイパス路線として建設された二俣線ですが、よきローカル線として残ってほしいものです。

秋野不矩(あきのふく)美術館

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神長官守矢(じんちょうかんもりや)史料館を見た二俣出身の日本画家秋野不矩が藤森照信氏に依頼して建設された美術館です。多治見のモザイクタイルミュージアムもそうですが、印象的なフォルムとくつろぎを感じさせる素材と色彩が魅力的です。靴を脱ぎ、床にすわって、藁入りの漆喰の壁の展示室で作品をゆったりと鑑賞できます。

三方ヶ原古戦場

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信玄は二俣城攻略後、浜松城の家康を無視するかのように三方ヶ原を西に進軍します。家康は城から出撃しますが撃退されます。犀ヶ崖(さいががけ)資料館には、出撃・激突・敗走・反撃・戒めの5場面のジオラマが、市立博物館には、敗戦直後に家康自らが絵師に描かせたという、顔を顰(しか)めている像「しかみ像」に基づいたフィギュアが展示されています。

浜松楽器博物館

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ヤマハやカワイを生んだ浜松の「世界の楽器と音楽を平等に扱う」というコンセプトの公立楽器博物館です。古い時代のチェンバロやクラヴィコードから、ベートーヴェンやショパンの時代のハンマークラヴィアやプレイエル、20世紀以降のベーゼンドルファーやスタンウェイ等のモダンピアノまで、鍵盤楽器のコレクションは壮観です。昨年が生誕250年だったベートーヴェンの彫像が寂しそうに見えました。

賀茂真淵記念館

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賀茂真淵は浜松生まれの江戸時代の国学者で万葉研究の大家です。真淵は「東野炎立所見而」を「ひんがしののにかぎろひの立つ見えて」と訓(よ)みました。展示では「五十音図」「動詞の活用」「仮名遣い」など国語の礎をつくり上げた過程が文献を基に解説されていました。

龍潭寺(りょうたんじ)

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龍潭寺は行基の開創、臨済宗の寺で井伊家の菩提寺です。井伊家は、直虎・直政・直弼で有名ですが、『古事記』の穂別君(ほのわけのきみ)を祖とし、保元の乱では源義朝に仕え、南北朝時代には後醍醐天皇皇子、宗良親王を迎え北朝と戦った由緒ある氏族です。庭園は小堀遠州作の名勝で、心字池に鶴亀や釈迦三尊が石組で表現されています。

奈義町現代美術館

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岡山県奈義町へは中国道の美作インターから北へ20分です。建築家と芸術家が共同制作した太陽、月、大地と名付けられた3つの展示室があります。写真は「太陽≪遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体≫」です。龍安寺石庭が左右に対称にベンチやシーソーも床と天井にあって、大きな筒の中で鑑賞者はここでしか得られない感覚を体験できます。

堺市博物館

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百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録により博物館がリニューアルされ、ガイダンス施設が完成したと聞いて訪問しました。特別展では今田八幡宮蔵の国宝「金銅透彫鞍金具」や重要文化財の冑(かぶと)や短甲が展示されていました。展示やパンフレットには大仙陵古墳(大山古墳)が仁徳陵古墳とのみ記載されていました。学問的表記でないのは残念でした。

国立工芸館

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国立工芸館石川移転開館記念展Ⅱ「うちにこんなのあったら展 気になるデザイン×工芸コレクション」を鑑賞しました。建物は国登録有形文化財の旧陸軍第九師団司令部庁舎(1898年建築)と旧陸軍金沢偕行社(1909年建築)を移築したもの。隣には「いしかわ赤レンガミュージアム」(歴史博物館)もあり、一大文化ゾーンになっていました。

反田恭平コンサート

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高校3年生で日本音楽コンクール第1位となり、モスクワ音楽院、さらにショパン音楽大学で研鑽を積んでいる話題のピアニスト反田さんと佐渡裕によるコンサートを聞いてきました。ラフマニノフの2曲を一晩で弾くという意欲的なプログラム、若さ溢れる名演でした。